久々のブログ更新です。
皆様、お待たせしました。7月18日(日)に開催した<『真夜中の五分前』1日限定追悼上映>、上映後のトークイベントの様子をアップしました。超満席の中、行定勲監督をお迎えし、たくさんお話を伺うことが出来ました。ご来場の皆様も温かい気持ちを持ち帰られたのではないでしょうか。
行定勲監督(以下行定) 本日はよろしくお願い致します。
八幡 横浜シネマリン支配人の八幡です。本日は拙いですが、皆さんを代表して質問させていただきます。まず最初にお伺いしたいのは、監督が、この1年間どんなお気持ちで過ごされたかということです。
行定 そうですね、春馬のことで、結構いろんな週刊誌とか、いろいろなところから言葉を求められたりするんですね。それはもう、1年間ずっとひっきりなしにあるんですけど、個人的なことしか、やっぱり記憶にないことは話せないわけですけど、一番感じているのは、いろいろなところで言っているんですけど、なんかこう幻のように感じるんですよね、今となっては。確かにこれだけ濃密な時間を上海で過ごしたんですよ。で、異国で映画を撮ることって非常に大変なんですね。たぶん映画って一つの芸術を皆で追い求めるんだけど、国内で撮っていてもそれぞれスタッフや関わっている人間、それぞれに思いが同じなわけではないですね、すべてがね。でそれを、こう中国に行って春馬と、しかも孤独をテーマにしているわけですから、喪失とか孤独を乗り越えて、一人の人間が、どんな風に愛と向き合うかっていう物語ではあるので、やっぱり彼一人で乗り込んでもらいたいと。で僕も、日本のスタッフもかなり少ない人数で中国でやったわけですけど、なんかこう、そういう濃密な時間を過ごしたんだけど、僕自身は映画のことばかりで、非常に彼自身の個人的な部分とかは、たくさん見ることが出来ていなかったんですよね。まあ時に、コーヒー飲んだり、お茶したり、他愛のない話をしたり、あと撮影の途中にいろいろなことがあったんだけども、それもすべて幻のように感じるんですよ。で、実際にくだらない話もしたと思うんですよね、日常的な。もっといろんな話をしておけば良かったと思うのは皆、常ですよね。でも彼が突如としてこの世から居なくなったと言われていても、なんかあまりそういう感じもしないとか、事実として彼に何があったかとか。でも人間っておそらく幻とずっと向き合っているんだなと。我々が今生きていて、隣に住んでいる人たち、一緒に住んでいる人たち、恋人と。でもね、それは常に幻と化すんですよ。っていうことが、すごく自分が、そこに教えを今度逆に乞うというか、教えられた感じがして、だからなるべく人とシンプルに、ちゃんと今出来ること、やれることっていうことに向き合わないと、こんなことになってしまうんだなと思うんで。ただ、映画がすごいことが何かっていうと、映画を見るとですね、例えば僕だと春馬の作品で自分が関わったから、『真夜中の五分前』は何度となく夜中に見たりするんですよね。そしたら確実にいるじゃん、って感じなんですよ。あ春馬いるじゃん、ここにいるよねって。それがやはり俳優というその実際にいたっていう、その存在証明をね、映画が出来た瞬間であり、だから映画ってそういう力もあるんだなと、常に思った1年間でした。
八幡 本当にそうですね、映画ってそういうところに力があるって思います。ありがとうございます。撮影に入る前のお話を伺いたいのですが、本多孝好さんの原作を大幅に書き換えられて中国でロケをされたというのは有名な話ですけれども、こちらメインキャストに三浦さんを選ばれた経緯などお話いただけますでしょうか。また、インタビューで、一人だけ日本人のキャストだったということを答えられていたと思うのですが、その理由も併せてお聞かせいただけるとありがたいです。
行定 個人的な話なんですけど、娘が三浦春馬の大ファンで(笑)そもそもがね。
八幡 娘さん、お幾つなんですか?
行定 今27歳ですから、当時高校生くらいだったですかね、『ブラッディ・マンデイ』っていう作品をしきりにもう食い入るように見ているわけですよね。で、それで僕は三浦春馬の存在っていうか、ああこういう端正な、こうなんていうかな、どっちかっていうとこの子は、たぶん国内だけじゃなくて、世界に出ていけるような空気持っている俳優だなあと。エレガントな感じがするんですね。だから、なんていうかな、品がいいんですよ。僕からすると三浦春馬ってすごく品がいい。やはり、手の動かし方とか、持っている声の出し方、当て方っていうか、しゃべり方っていうか、喉にあててくる感じっていうか、声がきれいなんですよね。で、あの感じってすごくいいなとまず思っていて、非常に美しさだけではなくて、その奥に裏打ちされた闇みたいなものを表現するのもうまいと。決してわかり易くない物語の時に、彼のような謎めいた雰囲気、ミステリアスな感じっていうのは、非常に効果的だろうと思って。この『真夜中の五分前』のシナリオを、当初は東宝と一緒に企画会議をしていまして、それで一緒に脚本を書いている人間が、三浦春馬、イメージにぴったりだねっていう話で、当て書きのように、でも当て書きというか、彼だったらそういうものとして受け止めて、何者でもないよう人間を、非常に品のいい形で仕上げて来るんじゃないか、みたいな期待があったんですよね。それで、最初からあったんですけど、なんせ物語がわかりにくい結末を僕が求めたいというか、観客が考えればいい話だって当初。なんかね、わかり易い映画がどんどん増えていた時代で、そうじゃないものを、三浦春馬の人気も含めてね、そこにあやかる部分もあったんですけど、そういう部分でこういう謎めいた話を、結論のないような物語を、愛なんて結論なんかあるはずないわけですから、何を愛として受け取るかは、彼自身がそれを体現すればいいという、なんかそういう物語を作ろうとしたんですけど、なかなかこう成立しなくて。それで国内じゃ無理だっていう判断をして海外に行こうと。ちょうどアミューズさん、三浦春馬の所属しているアミューズっていうのは非常にアジアに長けていて、アジアに行って、春馬も世界に広げていきたい、彼自身の才能を。そういう部分も、そろそろそういう時だって感じていたので、一緒にプロデューサーと相談して、じゃあ海外はありだねっていうことで、海外の企画コンペ、要するに釜山国際映画祭の企画コンペに出したんですね。そうしたら、やはり中国の出資者たちが非常に来たんですよね。で主演は誰だって三浦春馬って書いてあるから、『恋空』を知っているんです。もう圧倒的に『恋空』はすごく有名で、『恋空』の彼はいかに良かったかということを、分かるんだけど、すごく説明して来るんで、中国の人たちがですよ。で熱狂されたんですよね、で三浦春馬がやるんだったらこれ出資したい。自分らが想像している出資額をもうすぐクリアするから、ぜひ上海で撮って欲しいということで、脚本を全部上海に書き換えたっていう流れがあったんですね。その時に春馬だけ連れていくのがいいなと思ったんです。あと世界で、中国圏で活躍している俳優たちとちゃんとに共演させるのが、僕は非常に彼の一つのステップにもなるからいいなと思って、そう決めたというのがありました。
八幡 リウ・シーシーさんとか、チャン・シャオチュアンさんとか世界的に有名な役者さんですね。そういう方たちと一緒の現場の話をお聞きしたいのですが、現場では、コミュニケーションなどはうまく行っていたのでしょうか。
行定 いや、あのね、気遣いですからね、春馬は。非常にやっぱり、中国の俳優たちは全く気遣いがないわけですよね。コミュニケーションも取ろうともしないし、ずーっとゲームとかやっているんですよ。チャン・シャオチュアンって、台湾の彼はまた、ナイスガイで、春馬の演技をいちいちずっと見ているんですよね、自分の場面じゃないところでも。それを見て、彼はすごいと、ものすごいミリ単位の繊細な部分を表現してくるから、共演していたら、俺がいかに大雑把な芝居をしていたかっていうことを、ものすごくコンプレックスに思ったと言っているぐらい。逆に俺はもう、そういう意味じゃ上からこう包んで行くくらいのパワーがないと負ける、っていうことを言っていて。彼はミリ単位の繊細さっていうのは、目線とか、目の色、目ぢからみたいなものの調整が全然違うんで日々。穏やか、冷たい、猜疑心とか、何も言ってない顔でも、この裏の気持ち、何かあることを表明するっていうね。だからこういう俳優は、あまり中国圏、台湾の役者だから、やっぱりあんまりそういう経験がない。ああいう繊細な、だからすごくクローズアップが美しいっていうことは言っていて。女優さんの方は非常に人見知りな、リウ・シーシーさんは本当にささやき、ウィスパーヴォイスで。でもやっぱり彼は、中国語がかなり上達していたんで、もっと下手でよかったのに設定上。上海戯劇学院の中国語のコーチの人が、演出を教えている方なので、そのおばちゃんが。もう上手いんで、その台詞をもっと感情的にとか、もっと、もっとってやっちゃったんですね、やんな!って言ったのに。出来上がったらものすごく磨きのかかった中国語なので、これって何年くらい住んでいる人?って。いやーもう10年は住んでいるよなって、これ仕上がったからって。僕は1年しか住んでいないという孤独を描きたいのに、何でこんなにしゃべれるようになっているんだよと、現場で最初にちょっと裏ではもめたんです。でも春馬は悪気ないわけです。彼は言われたらそれを、ものすごく磨いてくるんですよね。そこに没頭しているから、やっぱりそういう意味では、すごく吹き替えも1個もなく。中国人の映画って吹き替え当たり前なんですよ。簡単に吹き替えていいよって、よく言うのが多くて。だから僕は春馬に伝えたエピソードは、ホウ・シャオシェン監督が、台湾の巨匠ですけど、『フラワーズ・オブ・シャンハイ』っていうのがあるんですけど、その映画で羽田美智子さんが出ているんですけど、羽田美智子さんはトニー・レオンと会話している時、日本語でしゃべっているんです。その場で日本語でしゃべっているんですよ。あなた私はこう思っているのよ、そうしたら向こうは、「◎△$♪×¥●&%#?!」って中国語でしゃべるんです。これ通じてないじゃないですか。結果的にホウ・シャオシェン何を言ったかというと、その人は日本人なんだから日本語でしゃべる方が、感情的な顔は作れるはずだろって。知らない言葉で感情的な顔は出来ないから日本語でしゃべらせればいいんだよって俺に教えてくれたんです。じゃ、出来上がったのは、羽田美智子の声では全然ない人の吹き替えが入っているんです。そうすればいいんだ!っていうのが中国圏の人たちの常識なんですよね。トニー・レオンは別の映画で、あの人は広東語しかしゃべれない、北京語はしゃべれない。『悲情城市』の時に、だから「ろうあ者」にされた、言葉がしゃべれないっていう。広東語じゃ困るから。でもそういう状況を平気としている中国の常識を、春馬をちょっとビビらせたんですね。だからそういう意味では中国でこの映画は大々的に公開されるけど、中国での上映版は全部春馬、吹き替え版になっているかもしれないよ。それは困りますと、それいやっすねと、一番いやっすねと。それで、羽田美智子の『フラワーズ・オブ・シャンハイ』見せたんですよ。羽田さん知っているから、羽田さんの声じゃないのが明らかなんで、低い声で「◎△$♪×¥●&%#?!」ってなっているんで。もっときれいな声なのに、なんでこうなっているんですか。こういうことになるから、春馬気をつけた方がいいぞと。俺たち国内、インターナショナルバージョンはお前の声を何とかキープするけど、中国語バージョンは、どうしても変える可能性があるから、僕はそこまでどうなるかわからない。中国に上映見に行かないと、行ったら違うこれだったらどうする?と笑っていたことを今思い出しましたね。それは嫌だと、で勉強しちゃったんです。だからほぼほぼっていうか、もちろん世界的なバージョンでどこも吹き替えないです、完璧に使える。
八幡 三浦さんの出ている『コンフィデンスマンJP』で、竹内結子さんがたった一言の中国語なのに吹き替えになっていて、すごく違和感がありました。いかに全編中国語でしゃべることが大変なのかが、良くわかりますよね。
行定 そうなんですよね、僕らは簡単に中国語を勉強してね、みたいなことを言うんだけど、俳優たちに言っていたんですよ、彼が堪能ではないかもしれないけれど、それが聞き取れないところはリアルに、聞き返していいからと。そしたらそれを聞き返しているようなシーンでもリアルだよなっていう話をしたんだけれど、何の問題もない、すごくむしろ上手い。中国人たちはそういうんですよ。いろんな四川省とか言葉の発音がちょっとずつ違うから、彼のは美しい。ものすごくきれいな中国語だって言っていました。
八幡 ありがとうございました。お時間も無くなって来てしまっているのですが、私たちが感じている、美しくて繊細で優しいあの三浦春馬さんっていう人は、現場で接していた監督は、どんな感じに捉えられていたのか、実際の三浦春馬さんも私たちが知っているような人だったのでしょうか。
行定 甘えん坊ですね。
八幡 甘えん坊?!来た!
行定 いい意味で甘えん坊でしたね。だからすごく甘えるのが上手?甘えん坊なふり?甘えん坊なふりをしていることも含めて、男らしいと思っていました。男の子だとか、男になったり。責任感強いですから、すごく争いことがたぶん嫌なんです。で、中国の現場っていうのは、日々争いごとでしたね。僕はもう怒りまくって骨を折りました。それぐらい怒っていた。要するに、中国のスタッフは平気で嘘をつくんですよ。ごめんなさいね、中国の方がいらっしゃったら(笑)。嘘つくのは、それを皆、他のスタッフは常識だって言うわけ。まあ、あいつが嘘ついたのはわかるけどね、って許されるわけですよ。嘘ついて、ここで出来るって言った場所に連れて行くんだけど、朝になったらやっぱりごめん、出来なくなったって必ず言うんですよ。で次の場所が何故か用意されていて、ここでやってくれっていうんです。だから、ほぼほぼいい背景とか場所でしょ?なのに、これよりもっといいとこあったんです。なのにそこでは撮影出来ず、しょうがない、じゃあって、僕と日本の助監督とで探して、ここじゃ出来ないのかって言ったら、う~んここかって言われて、ここだったらいいかなみたいな、ともかく上から目線なんです。それでものすごくもめて、春馬は現場に行ってわかるわけですよね。でそこの中に、自分のいら立ちをまた更にプラスアルファさせたら、たぶん崩壊してしまいますよね。で、僕が矢面に立って、もめているわけでしょ。で彼はやっぱり距離を取るわけですその時。もう程よい距離、本当に見事なくらい程よい距離の全体が見渡せる場所に大体彼はいる。で僕がたぶんツイッターか何かで一回上げた写真があって、何か変な壁の上にぽこんと座っている。春馬と僕が下で撮っている写真、あれ唯一、現場中で撮った写真なんです、二人で。であの時もう、あの前の瞬間、超怒りまくった後で、とんでもないことが起こってたんですけど。撮影の向こう側の照明を焚いているじゃないですか。こっちで撮影しているのに、向こう岸の管轄の警察がやってきて、光がこう入ってきているから、俺たちのところに光が入って来ているのは撮影は許さないっていうんですよ。こっちにあるんですよ機材は、光がただ漏れているだけなんです。だから金を寄こせっていうんです。要するに賄賂が欲しいんです。あの、普通の警官が、それ当たり前になっちゃっている。だから撮影を中止させられるんです。それに怒っていたらバカバカしいなと思って、もう怒ったあと、パッと見たら春馬が上の方にいるんで、そこに寄って行って、ごめんね、って言って、俺も怒っちゃったけどさ、って言ったら、いやまあしょうがないですよね、これも中国だと思って、楽しみましょうよ、っていうような感じの、まっ楽しみましょうとは言わない、もうちょっと気遣いな言葉を彼は言うんだけど。それで、じゃ写真でも撮るかって言って撮ったのが唯一あの写真で。あの時も本当に何が起こっているんですか、みたいな。わかっているんですよ全部、見ていることは、で俺に全部ガス抜きさせて、まあまあまあでもこれも中国ってことですよね、っていうような、なんかこう若かったけど、彼自身はこれも一つの面白みだよ、みたいな。でも裏ではすごく怒りがあったと思いますよ、思い通り行かないから。ただまあ思い通りに行かないのが人生だと思っただろうし、だからそういう、いい奴でしたよ。
八幡 ありがとうございました。本当に時間が無くなってしまったのですが、中国の4000スクリーン公開っていうことの凄さについて伺いたいんですが。
行定 そうですね、当時4000スクリーンって、今はもう4000スクリーンどころではなく、もっとスクリーン数は増えています。『単騎、千里を走る』っていう高倉健さんの主演の映画があって、それがそれまで2000スクリーンで日本映画としては最高の上映ランクで、それを超えたってすごい話題になったんですね。で、4000スクリーンってなかなか日本だと日本中のスクリーンで全部掛かっているような数字ですけど、その4000スクリーンの上映で、公開初日は1位を取ったんですね。ただ、4日目くらいになると圏外になるわけですよ。最初の4日間、ものすごく期待値が高かったっていうことなんだと思います。それくらい、三浦春馬の新作が出た、これがもっとエンターテイメントのドタバタ喜劇だったらもっと数字上がったと思うんですね。でもそれが非常に中国映画にあんまりあり得ない、無いようなミステリアスな、やっぱり最初は映画ファンが来るから、最後のあれは妹だったのか姉だったのか、あれはどういう結末なんだ、っていうことを、皆でネットでものすごく中国で話題になったような状況があって、まあそういう意味では、なんかこう一石を投じられたかなと。ただやっぱり今、妻夫木聡が中国映画で主演していて、見るとわかるけれど、あきれるほどのドタバタ喜劇で、こんな日本人いないよっていうくらい、もう惜しみなくエンターテイメントなんですね。やっぱり、ああいうものじゃないと、たくさん見てくれないっていう状況の中からすると、ものすごい最初に1位と出たというのは、その後にすぐに、ロングランしていた中国映画がまた逆転しちゃったんですね、新しい『西遊記』がずっと1位だったんです、それを一瞬だけ抜いたんです。そういう意味では僕はすごく記憶に残る上映だったし。で春馬と一緒にいろんな場所を中国の僻地まで行って、キャンペーンをやるんですね。中国のキャンペーンっていうのは、こうやって皆さんの前で舞台挨拶をすることはほぼなく、見終わった後に、なぜか僕と春馬とリウ・シーシーが現れて、司会者が現れて、急に双子の女の子3人ぐらいで並ばせて、「双子当てゲーム!」とかってやりだす。全然映画のこと触れないんです。「双子当てゲームを春馬にやってもらおう!」って春馬に言って、男の子と女の子、女の子は二人いて、くるくるくるくる回すんです。どっちが姉でどっちが妹かっていうのを当てんの?みたいな。なんか本当に不思議なそういうアトラクションして、観客と楽しんで、ダーツをしたりとか、ダーツをして当たった人に、なんか春馬が当てたら、春馬が当てたぞーって、じゃあこのTシャツ欲しい人!って手をあげるの、ダーツあんまり関係なかった(笑)、っていうことを春馬が突っ込むと、皆が笑うっていうような、不思議なキャンペーンなんですよ。それをずーっと、僕たち何やっているんでしょうね、なにやっているんだろうなあって(笑)。
八幡 もっと作品のこと聞いてくれよって?
行定 そうなんですよ、めちゃくちゃすごいホテルに泊めさせてくれるんだけど、このギャップがすごくて、現場行くとこうやって、ダーツゲームをやる。劇場の人が現れて、司会者が現れて、ただそういうことがでもすごい、二枚目がやってきたぜ!みたいな、感じなんだけど、全然映画はこんなしっとりした映画なんだけど。この人たち楽しめているんだろうかと。でもなんかそういうのもいい経験だったなと思いますね。
八幡 ありがとうございます。実はもう時間が超過しているんですけれども、私がこの1日限りの上映会を企画したのは、やはり皆さんのお気持ちはすごくわかるんですけれども、一歩前に踏み出していただきたいなと思って、それでこの上映会を企画しました。皆さんにここに留まってないで前に進み出して前を向いて歩いて行っていただきたいと思いました。監督に、会場の皆さんだけではなく、ファンの皆さんに向けて、これからのこととか、何か一言メッセージをお願いします。
行定 はい、冒頭にも言いましたけれど、この日々は、こうやってトークショーに呼ばれもしなければ、春馬のことをこうやって思い出したりとか、ああゆうばかげたことあったなとか、そういうことも思わず、自分は自分の映画に向き合って、ああ春馬はちゃんといたんだなと思っていたと、最初に言いましたけれど、まあその彼がね、今は僕なんかと非常に遠い距離のところにいるんだと思うんですが、映画ってやっぱりすごいのは、彼がやってきたことっていうのが、すべてよくメイキングとかっていうところで、彼自身があるっていわれるんですが、映画はすべて彼のある部分全部映り込んでいます。僕はいつも俳優たちにそういう思いでやっているんですね。彼じゃないと出来ないこととかって、やる意味がないですよね。だからこんな誰かみたいなことを、お前の殻を破れとかそういうことを俳優に言ったことなど一つもないですね。むしろ殻の中に居ていいと。だからそれが、三浦春馬のすべてにあると思う。で僕はすごく一番この映画を撮っていて、ああ、これは春馬だな、繊細さが撮れたなと思ったのは何かっていうと、公園で野外上映を見ている時に、リウ・シーシーの手をふとこう掴む。で僕は、指先を撮る、指先の繊細さや、その震える鼓動みたいなものが全部熱量が伝わる、で、彼女の手をぎゅっと掴むっていう。言葉で演出するわけですよね。やって見せたところで、手しか映っていないわけですから。彼ほど完璧にそれをやれた人は僕はいないと思う。あれがすべてです。カットを見るたびにぐっと来るんですよ。春馬の顔の表情は写したくなかったんです。でもそういうことだと思う。俳優はそうやって、まっ彼は謎めいた奴だったわけですよ結局は。だから彼のいろんな思いがあるでしょう、きっと彼の中にも、彼は生きているわけですから、僕らもあるじゃないですか。でそれを今状況としてはこうなっている。だけどまあなんかそういう鼓動みたいなものとか、なんかそういう彼自身の精神みたいなものが、研ぎ澄まされた精神みたいなものが指先まであるっていう、その場面を見るたびに彼の表情を想像するんですね。彼は表情を見せない、僕らはそれを想像していくしかないし、でも映画の中で彼はこういう奴だったんだろうと、いろんな映画を見てね、実際生きていた訳で、居た訳ですそこに。彼の存在というものも、映画を見て感じながら。僕は最初に言ったけれども、今、自分が触れている世界の人たち、隣にいる人たちや向き合わなければならない人たちと、いかに自分たちがちゃんとシンプルに向き合えるかっていうことが、僕がやっぱり彼から学んだことかな。もっとこうしてれば良かったと後から思わない、だから、また映画を見て、また追悼だけじゃなくて、自然と何年か経ったら映画を見たりとかしながら、彼のことを思っていただければなと思います。
八幡 本当にそうですね、ありがとうございました。本日はこれでトークイベントを終了させていただきます。ロビーの方でサイン会を行います。まだパンフレットをお買い求めでない方、ぜひお買い求め下さい、残数ございます。サインもしてくださるそうです。本日は行定勲監督をお迎えしてトークイベントを開催しました。監督、どうもありがとうございました。
行定 ありがとうございました。